おはようございます。愛原実鳥です。

昨日は、47年前に、私が生まれた日でした。

とても素晴らしい一日で、
その日一日自体が、贈り物のような一日でした。

なので、そんな話を、「自立」「自主性」「育児」を交えて、少しだけ。
(と、言いつつ、絶対長くなりますよ。笑)



作朝は、けたたましい携帯の音で目を覚ましました。

携帯が、朝の5:50から、
聴いた事のない音を立てているのです。

「何かしら?」と思ったら、

沖縄本島で寮生活をしている娘ちゃんが、
LINEスタンプを「超高速連続」で、送りつけてくる音でした(笑)

LINEに賛否両論あるのは知っていますが、
LINEに限らず、問題が生まれる時には、
その原因になるのは「ツール」よりも「人」です。
使い方を間違えなければ有益と思っています。
(鵜呑みにしないでね?全て自己責任なんですよ。とも補足。)


終わる事がないのではないかと思える程に、
画面を次々と埋め尽くしていく、
Happy Birthdayや、ケーキや、クラッカーのイラスト…

不意打ちをくらって、
ちょっと、「きゅうん…」としてしまいました。

「(というか、どれだけスタンプ持っているの?笑)」
と、内心思いながらも(笑)、

そんな事を言っては野暮だわね、と、
有料スタンプが時折あるのも大目に(笑)見ました。

…だって、私が、
そういうバーチャルな物の買い過ぎには、
ちょっとうるさいのを知っていて、それでも、
ありったけのスタンプを使ったんですから。
その、娘の心意気を折ってはいけません。

そこは、さじ加減が難しくもありますが。
子育ては、どんな仕事よりも真剣勝負。
「勘どころ」をフルに働かせます。
それでも外れる時は外れますが。

外れてもいいんです。
結果云々、よりも、
親が「真剣勝負」をしている事が、
子供にとっては何より大切です。


その、聴いた事のない携帯音が鳴り終わった時、
私が持っているスタンプの、ありったけで、
(無料スタンプのみなので、少ないのですが、笑)、

「ありがとう」や「Thank you」や、ハートマークや、
ハグするイラストや…

出来る限り、思いつく限り、送りました。

最後の締めに、ちょっとふざけたスタンプを、
2人とも送っているのは、「親子だなあ」と思います。
…ちょっと「オチ」を付けたくなるの(笑)

何よりの、「誕生日のはじまり」でした。

その後、何も話してはいませんが、

娘ちゃん、
朝、目が覚めて一番にスタンプ送る。って、
前の晩から決めていたんだろうなあ…って、
そう思ったら、もう、うるうる…
(うるうるしたのは娘ちゃんには内緒です、笑)

だって、そんな時間に起きて動き出す子じゃないんです。
私と似て、超低血圧ですから。(私、上90無いんです…)

いつもね、なにもできないような時でも、窮地でも、
「今、できる事は何か?」って、考える子なんです。

遠く離れていて、親から仕送りを貰っている身で、
娘の高校は(特に寮生は)アルバイト出来ませんから、
何が「今できる最善」かを考えたのだろうなあと思いました。

そこは性質もあるかとは思いますが、小さな頃から、
「どうしたい?」と、問いかけを続けてきたからかも?
とも思います。



一歳の頃からの記憶が比較的鮮明にある私は、

「幼児は語彙が少なく話せないだけで、
とても沢山の事を感じて考えている。」

という事も憶えています。娘にもそういうつもりで、
「とても沢山の事を考えている立派な一人の人間」
として、幼児の頃から接してきました。

「どうしたい?」と尋ねながら、
語彙が少ない所は、こちらが汲んで、読み取って、
時には、「こうかな?」「それともこうかな?」と、
娘がピンと来て頷いてくれるまで、お話しました。

私が「子供の頃にして欲しかった事」をしただけで、
しかも、いつも出来たわけではありませんが、
そのようにしてきてよかったと、今こそ思っています。

幼児らしくない程に静かで控えめな子で、ともすれば、
何も言わない子になってしまいそうでしたが、
静かな「自主性」のある子に育ってくれたと思います。

石垣島に移住して、自己主張が鍛えられ、
彼女の良さが、開花していったと思います。
島の子供たちが、みんな自己主張の塊だから(笑)
静かな自主性は、動きのある自主性に変化しました。
そこは、子供同士のぶつかりあいがあったからこそ、と、
今尚、それが健康的にある、石垣島に感謝します。

でも、まだ「静かな自主性」だった頃の、
かわいいお話をひとつ。

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それは、この白い「宝石」のお話…



石垣島に移住してまだ一年と経っていない、
娘ちゃんが小学一年生の時、

まだ慣れない土地で、それでも馴染もうとして、
週末には、島の中をドライブに出かけていました。

ある時ね、ふと降りて行った浜辺に、
真っ白な石が、たくさんたくさん、転がっていたんです。

とても不思議な風景でした…

私は、鉱石も大好きでしたから、
「これはなんだろう?」としげしげ観察しましたら、
「カルサイト」であると判別できました。

私は、とってもテンションが上がってしましました(笑)

普通でしたら、ただのちょっと変わった風景ですが、
鉱物好きには、ちょっとたまりませんよね?
綺麗なものを、袋いっぱいに拾っていきました。

…けどね、その後、テンションも落ち着いて、

「こんなに持ってきちゃって、どうするんだろう?私」

って、冷静になったんですね。

だって、海に行ったら、いつでも見られるわけだから(^^)

その頃、自分の「欲」というものにも、
よく向き合っていた時期でしたね…
「手放す」という事を学んでいたように思います。

(それについてはいつかお話したいと思います)

半分、元の海にお返しする事にしました。
(それでも、ようやく半分…笑)

次の週、またその海に行って、石を返してくると、
娘ちゃんに伝えたら、とっても悲しそうな顔をして、
「え…?」って、娘ちゃんが無言になったのです。

「どうしたの?」と聞いても、「なんでもない」と、
弱い笑顔になって、何も答えません。
普段はなんでも答えてくれるので、
ちょっとおかしいな?と思いました。

週末、返しに行って、私は、「あーすっきり!」と、
清々しい顔をしていたと思います。

それと反比例するかのように、娘ちゃんの顔が、
うつむいて、どんどん、暗くなっていくんですね。

また、「どうしたの?」と聞いても、

「なんでもない…」としか言わない。


不思議に思っていたら、それから数日後の、私の誕生日。

娘ちゃんは、金銀の折り紙を張ったピカピカの箱を、
おずおずと差し出して…

私にプレゼントしてくれたのです。

中には、その真っ白な「カルサイト」が入っていました。

最初にその海へ行った日に、
私に見つからないように、気を付けながら、
ポケットに入れられるだけ入れて、
重たく膨らんだポケットにフラフラしながら、
(ちょっと歩き方が変だな?とは思ったのです)
それでも気づかれないように姿勢を正して、

私が家に居ない時に、こっそりと、
とっておきの綺麗なお菓子箱に、
ピカピカの金紙銀紙を貼って「宝石箱」を作り、
クリスマスツリーの飾りを引っ張り出して、
そこから綿を取ってクッション剤みたいにして、
拾った石の中から、綺麗なものを選んで…

「お母さんが喜ぶはず!驚かせるんだ!!」

って、ひとつづつ、一生懸命考えて、
ひとりで頑張っていたみたいなんです。


なのに、私が、「石を返してくる」なんて言うものだから、

「え!?もう要らないのかな…」と、がっかりして、

それでも、ドキドキしながら渡してくれたんですって。


……もうーーーー

おばかさん。

喜ぶに決まっているじゃない!
嬉しいに決まっているじゃない!!

自分が拾った石ならば、いくらでも返して来れるけれど、

そんな風にして娘ちゃんがくれた石は、私の一生の宝物です。

もちろん、うるうるむぎゅむぎゅはぐはぐして、大喜びしました!

私が拾った石は、一個だけ残して海に返しました。

宝石箱は、湿度の高い石垣島では劣化してしまい、
数年後に捨てる事となりましたけれど、
娘ちゃんのくれた「宝石」は、今も手元にあります。



その小さな子も、もう高校生で、
「自分の可能性に挑戦したい!」と、
島を出て、沖縄本島の寮に入り、
そこで生涯の目的を見つけて、
その目的に適した大学探しを、
今、熱心にしています。

娘は、驚くくらい自立していきました。

私は、といえば、
彼女が迷った時に、「どう調べたらよいのか」等の、
ポイントや方向性や可能性を示唆するくらいです。
(彼女の人生ですから、彼女が決めないとね。)

すぐに気付いて行動する娘の姿を頼もしく思います。

「この子が、私の人生の中で、一番の贈り物だなあ…」

と、心から思います。



ささやかなですが、小さな娘の、
静かな「自主性」のお話でした。

石垣島移住を境に、我が家の収入は激減したので、
それを見ていて、お金がなくても出来る事をしようと、
していたのかもしれない…とも思います。

どこの子にも、こうした可愛いエピソードはあると思いますが、

「どうしたい?」と、「子供の意思を尊重」する事で、
「こうしたい!」が、育つのは、確かな事と思います。
そして、その行動を見守る事で、
「こうするぞ!」の行動力が育つのではないでしょうか?

それを「見守る」のは、ただ「見る」のとは違います。
親も真剣勝負です。


「こうしなさい!」と育てるのより、何倍も大変です。



「何をしたいかわからない」
…そういう青少年が今、増えているようにも思います。

今、「自立」が重要な時代になってきていると思います。
価値観が多様化し、時には常識がひっくりかえるような、
そんな、これからの世の中で、
「自分の頭で考えられる」事は何より大切だと思います。

お子様の中にある「自分の頭で考える力」を、
育みたい親御さんは、今、多いと思いますので、
ちいさな「一つの例」としてシェアをしてみました。

小さな子に対しても、

「幼児は語彙が少なく話せないだけで、
とても沢山の事を感じて考えている。」

と思って、接してみませんか?^^


親バカ話、読んでくださって、ありがとうございました。^^